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一部紹介

嶋田和子の四罪

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『嶋田和子』とは
ナンなのだナニ者なのだ
嶋田和子の四罪
をなんとか、
一部紹介でも、しなきゃいけなくなってきた、
と云うトコロになってきました
と云うのも、
えばっちは、嶋田和子の新刊本をどう、想っているの、と云う、
問い合わせと云うか意見を聞きたい、と云うヨウなコトが、
縷々、伝わって参りました。
なんとか、一部紹介でも、していきたいとは、
想ってはいたのですが、
如何せん、またもや、一万字を超えてしまう、
読みにくいものになってしまいました。
現在も、書き続けているところです。
特に、この原稿の後半部分、

一万五千字を超えたアタリからは
モハヤ、嶋田和子のような、
アンポンタンを相手にしているようなものではなくなってしまい
「『嶋田和子』とはナンなのだ 嶋田和子の四罪」の域を超えて
別のタイトルをつけなきゃなんないな、と想いながら、
書き進めているトコロです
そのタイトルとは
「『生命の底で居直』るとはドウいう事なのだ」
なのですが、後半がこのタイトルになるトスルと、
全体として、どういうものになるのか、

容易に、みなさん
想像されておられるとは、想うのですが、
今回
とにもかくにも嶋田和子の四罪を、その、一部分だけデモ
紹介することに、しましたので、
よろしければ、
是非とも、ご一読、ください。
よろしくお願いいたします

 

 

 

 

 

 

書きかけ中

『嶋田和子』とは

ナンなのだ

いったいナニ者なのだ

「ルポ 精神医療につながれる子供たち」

「精神医療の現実 処方薬依存からの再生の物語」

を読む

 

嶋田和子の四罪

壱之罪

大勢の、たくさんの、患者を、ソレは、処方薬依存デショと、斬って捨てた。凄いものである。惨い仕打ちである。

入院している三十万人以上の病者を含め、大多数のクスリを飲むしかなかった、飲むより仕様がなかった、飲まざるを得なかった、そういう精神病者患者、を、ソレは処方薬依存にスギナイノダと、斬って捨てたのである。ご丁寧にも、特にベンゾ系を飲んでいる患者は、特に依存症患者だ、と特筆して、この手のクスリを飲み続けている患者は、常時、酒を飲んでいるようなものだ、と、斬って捨ててシマッタ。たくさんの、病者が、現に飲んでいるし、飲まざるを得ないクスリである。しかも、断薬が、もっとも、ツライとも、言っている、なら、減薬も断薬も出来ない患者も出てくるだろうが、モチロン、ソレは当然ながら処方薬依存だからだ、と、斬って捨ててシマッタたのである。なら、たとえば、多くのベンゾ系を飲んで生活している患者は、常時酒を飲みながら、作業所に通い、デェイケアに参加し、ミシンや、電動のこや、車の運転や、包丁を使って料理をしていることになるのだが、、、、欠格条項を増やしたいのか、この著者は、、、、トスラ想うのである。

たかが、一行二行の書きぶりをあげつらっているわけではない。この考え方が、冷酷なまでのこの考えが、一冊目を含め、この著者の底流に流れ続けているから、モンダイにしているのである。そして、この底流に流れるものは、まさしく、内海の直系の弟子を意味しているのである。

しかも、依存症だと言いながら、この著者の依存症への眼差しは、余りに差別的侮蔑的であって、しかも、従来の、本当に酷い浅薄極まりのない、『依存症理解』の典型なのである。『依存症』をよく、分かっていないのであろう。分かってもイナい事を得々と、書いてシマッテいる。

精神病患者と言われ、精神病質者と、サイコパスと蔑まれ、処遇困難者だと閉じ込められ、ハッタツ障害だ、と、勝手に病名変更され、ついには、処方薬依存患者と、罵しり始めたのである。ノンラベルどころではない、我々を蔑み絶望の淵に追いやるために貼られるラベルが、また一つ、増えたのである。大きな罪である。

 

弐之罪

再生の物語という美辞麗句を連ねて、社会復帰路線を徹底的に美化推進している。

再生の物語と称して、社会復帰を、社会適応を、就職を就学を、復職を復学を、ひたすら健常者社会に適応することを、障害者エリート路線を、健病者路線を、再生の物語として、押し付けてくる。

コレでは、マチガイなく、死人が、出るだろう。

ごかいの「よもだに生きる」の対極の姿である。

前進友の会の「働かない権利」の対極の姿である。

営々と積み上げてきたキーサン患者会文化の根幹の一つ「反社会復帰」を、「再生の物語」と云う美辞麗句で、叩き潰そうとしている。ソウはなれなかった者に、再生の物語と言いつのるのなら、その『再生』にシクジッテしまった、社会復帰を果たせなかった多くの病者に、更なる追い打ちとしての絶望をもたらすであろう。優しげな美辞麗句に隠された冷酷なまでの、エリート健病者路線を見よ。嶋田和子のさらに大きな罪である。笠は、何時から社会復帰推進者にナッタのか。選挙中のイマの政権や、世の中に、世間様に、コレほどまでにも、迎合しなければならないのだろうか。

 

参之罪

以上の二つの罪をすべて、患者本人の頑張りに尽きると、

努力に尽きると、斬って捨てている。

一冊目二冊目を通して、通奏低音のように、響かせ続けている、この冷酷さは、特筆すべきものである。笠のように内海のように、言いきってシマッテいると、いって過言ではない。いや、余計に悪辣に、煽っている。それは、逆に言えば、患者本人のだらけかたに、患者本人の努力の足りなさに、患者本人の怠け癖に、患者本人のクルシサの原因として、ゲンヤクに取り組まないのはアンタの努力不足、デアルと、全てを、患者本人の頑張りと云うか、努力の足りなさ具合に、押し付けてしまった。モハヤ、減薬に取り組まない患者は、怠けものだからだ、と、言っているに等しい。

だから、イマこのようになってイルのも、自分自身のせいだ、と、徹底的に、本人の努力の無さに、押し付けてシマッテいる。これでは、大多数の精神病者達はタマラない。少数のエリート病者バンザイ路線である。冷酷なものである。益々、患者はやりきれない。精神医と精神病院にイビラレ続けた挙句、このようにして、ココでもまた、イビラレるのである。死者が出るであろう。コレはもはや、殺人である。嶋田和子の殺人的罪である。

 

肆之罪

それだけでは足りずに、

それだけでは飽き足りなかったから、なのか、

ハッタツ断薬療法の達成尺度と

セカンド減薬療法の成功度合いや

社会復帰の進捗度合いと

著者の言うトコロの

患者本人の人格とを

患者本人の品性とを

患者本人の人間としての成長とを

かさね絵として、影絵芝居として見せてしまう

と云うことを

ヤッテシマッタのである。

このことがナニを意味するのか、おそらくは、

この著者嶋田和子は分かってはイナいのではないか想う。

とうとう、患者本人の人間的成長だの、人格の完成だの、人間性だの、品性だの、人生の振り返りだの、とを、ハッタツ断薬療法の達成尺度やセカンド減薬療法の成功度合や、社会復帰の進捗度合や、社会復帰右肩上昇角度とを、影絵芝居のように、重ね合わせてしまった。ヤッテはならない事をやってしまった。笠の責任も、大きい。

これだと、クスリも抜けず、社会復帰も出来なかった、多くの多くの、病者が、人間的成長のないヤツラだと、いうことになってしまう。

死んでいった患者たちを棺から引きずり出して、鞭を打っていると、言って過言ではない。彼らは、彼女たちは、人間的成長も無く、死んでいった、とでも、言うのか。答えてミロ。嶋田和子よ。著者は、このコトの持つ意味を十分に理解して、書いたのだろうか。

どちらにせよ、この著者は、この重ね絵を、全てのハッタツ断薬療法セカンド減薬療法に、影絵として落とし込んでシマッテいるので、少しでも、この療法に取り組もうとする、患者たちに、却って、真において、更なる、累々たる屍を生み出すだろう。嶋田和子の罪は、極大に達している。しかも、己の罪に、マッタクの無自覚さをさらけ出している。ソウゾウを絶する極悪非道、狡猾極まりのない、最低のやり口である。

精神病者にどれほどの苦痛と絶望をまき散らせば、気が済むのであろうか。

精神病者患者に、どれほど絶望の淵に追い立てれば、気が済む、

と云う、のであろうか。

処方薬依存症からの再生の物語と云う美辞麗句を使いながら、

鞭を振るって、多くの患者を死の淵に、追い立てていくであろう。

絶望に追い立てるその鞭を、愛の鞭、だとでも、言う、のであろう、か。

嶋田和子の罪は、はかり知れない域に到達している。

そして、その愛の鞭を、受けたが故に、成長できました、と云う、当事者が

笠と、嶋田和子と、内海の、ファンクラブに、なるのである。

この本は、

そのファンクラブの会報にしか過ぎない、そういう、シロモノなのである。

これは、ライターなる者が、書いたものとしては、あまりに、無様である。

 

これが、嶋田和子の四罪である。

今や、笠、嶋田、内海の三人は、精神病患者の死を、

精神病患者会の絶滅を望んでいる極悪非道の三罪人と、

言える、と、想う。

特に自分たちに逆らう患者の死を望んでいると、

しかも、強く、死を望んでいると、そう想う。

自殺させたいのか、と、そう想う。

この点では、従来の

見えやすいアクジのハンニンどもにも

見えにくいアクジのハンニンどもにも

匹敵する

極悪非道の精神病患者の生き血を啜る者達である

と言って、過言ではない。

これは、

減薬圧力でも、

断薬圧力でも、

社会復帰圧力でも、

モハヤない、

これは、もはや、

自殺圧力である。

患者を、自殺に追い込むために、やっているのである。

とうとう、ココマで、来て、シマッタ

そう、それでも、オレは、功罪の巧もアッタのだ、と、言おう

確かに、

誤診や誤処方と、闘っていたのダカラ、最初の四、五年は。

でも、ソレが、コウマデに、羽化してシマッタ

何故だか、分かるか、笠陽一郎よ。

この嶋田和子の羽化の責任を、取るべきだ。

 

見えやすいアクジのハンニンどもに

オレたちは、毒グスリと電気パチで殺されてきた

見えにくいアクジのハンニンどもに

オレたちは、社会復帰圧力で殺されてきた

こんどは、こんなクソたわけた嶋田和子をはじめとする

すり替えアクジのハンニンどもに

オレたちは、人間的成長もないグズどもだ、と、罵しられて

処方薬依存からの再生の物語ナンゾと云う美辞の下

精神医療を根底的に破壊すると云う麗句の下

精神医療改革運動のためにならないと云う美辞の下

せっかくやりはじめた患者さん達をブレさせると云う麗句の下

クスリを飲まざるを得ない患者たちは

更なる絶望圧力と自殺圧力で、殺されることに為る、のである

 

 

(以下、嶋田和子の四罪が、詳細に語られ、

「生命の底で居直るとはドウいう事なのだ」につながっていきます、

もう少し、

お待ちください、申し訳ありません

14/12/12 前進友の会 えばっちより)


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