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キーサン革命極意併伝

 

誤診展望

失敗展開

発達分裂

一巻

 

 

 

 

 

 

壱番 誤診と今後の展望

本当に八割九割が誤診だったのかのかのかのかどうかどうかどうか

誤処方だったのは、間違いないだろうしかし、誤診だったのかどうかは、

ここらで、もういっかい、考え直してみても・・・・・良いのでは・・・・

見直すべきだ、シンドクても・・・

しんどくてもしんどくてもしんどくても・・・・・・

 

りゅうさんを育てたのは患者会だこの意味を分かっているのだろうか。

どうやって、育てたのだろうかこの様な稀有な同志といえる、

キーサンなかまと言える精神医をどうやって育てたのだ。

りゅうさんのあやまりを指摘できるのはキーサン患者会のみなのだ。

家族会や専門家団体が、あるいは、それをやれば、

「見えやすいアクジ」を「見えにくいアクジ」を利することになる。

「見えやすいアクジ」や「見えにくいアクジ」のハンニンたちは

利用してくるだろう、無効化にツカウだろうでも、もっとも、

ただし、さりとて、りゅうさんにも、あやまりはアル、シッパイもアルのだ。

シッパイもアルのだ、誤診だってアルのだ、

当然だ、ニンゲンなのだから、

でもそれを指摘するのはまずは、キーサン患者会に任せてほしい、

と想うキーサン患者会のセーカツからの匂いからの実感からの指摘に・・・・

それは個々の個人としてのキーサンではない、

キーサンの集まりとしての患者会のみが、できうることなのだ。

りゅうさんを育ててきたのはキーサン患者会だ。

これからも・・・・・・

もちろん個々のセカンドのゲンジツのばめんでは、

サードもフォースもあるだろう、あって、当然だ。

人の命と人生が掛かっているのだから

セカンド実践とは、当然サードもフォースのオピニオンもあり、

それも、考慮にいれていくということださもなけりゃ、

腐ったファーストダケ精神拷問医と一緒になる。

だからセカンド実践の真の凄みとは、

りゅうさんの診断すらもセカンドされるということなのだ。

ただし「見えやすいアクジ」や「見えにくいアクジ」のハンニンたちに

利用されないように、無効化にツカわせないように。

 

さて、その上で、だ、誤診誤処方発達統失一巻なのだ。

そもそも、だったら、精神病はあるのかないのか。

分裂があったのかどうか

統失があったのかどうか

躁鬱があるのかどうか。

なら発達障害があるのかどうか

自閉症があるのかどうか。

 

そのせーねんは、発達なのか統合失調ではない、

それは、間違いない、

でも、つまり古い言葉で言う神経症か、ノイローゼかあるいは、

ちょっとシャイで内気で自信のない屈折した青年というだけではなかったのか。

シビアな精神病の妹がいて親父は家庭を顧みず、

お袋は妹の世話で手一杯、そんな家庭に育って、

会社でも、仕事の手が遅いと、怒られてばかりいたら屈折しよるがな、

自信なくして腹痛と、下痢おこすがな・・

そんな青年に発達とかアスぺルとかラベル貼らんでもええ、

ただただ神経衰弱気味の不登校の青年に

人生の目的探しの旅の途中経過のセーネンに、

発達とかアスペルとか言わんでもええ

統合失調というのは誤診も誤診、ほんと、大問題や。

けど、なんでもない神経衰弱ぎりぎりのシャイな、

人間関係が不得手な青年達に、発達やたらアスペルやとか

バブルになっとる。

それはそろそろ問題にせんならん

一度貼ってしもうて心裡や精神につなげてしまうと・・・・

ナンゾあった時に、刑法やのうて観察法に、

ムショやのうて措置入院に、

交番でお叱りで終わるところを、治療措置にナッテマウカモシレン。

それに、そんなに天才ナンかおりゃゃあせん

みんな、天才性もっとっとったら、世の中おかしなりよる。

フツーのシャイな屈折気味のセーネンちゅうだけや。

今の社会に荷厄介なセーネンちゅうだけや、

精神病でもなけりゃ、発達でも、アスペルでも、天才、でも、ありゃあせん

それがゲンジツちゅうもんちがうか。

 

それでも、ハッタツたらアスペルたら、

あるとして、あるのなら、それはなんのためにアルのか

あるとして、あるのなら、それはなんのためにリヨウしたらいいのか

 

精神科ヤラ心理トヤラが大きくなればなるほど

本人、家庭、のセキニンになっていく

社会のセキニンは過小評価されていく

そう原因は本人か、家庭か、遺伝のせいにされていく。

社会や学校や会社や世間のせいではなくなっていく。

だから内因性心因性をもういちど、かんがえてみたい。

古いコトバだけれど心因性抑鬱状態という

コトバをつかわなくなってきたのは・・・・

心因性抑鬱反応というのは・・・・・・

精神分裂病も発達障害も、内因性だ、だって、

生まれつきだというわけやろ。

脳にナニカモンダイがあるんだというんだろ。

心因性反応性環境性ナントカ状態、

もしくは心因性ナントカ反応であるだけではないのか、

それを分裂病タラ発達障害タラに誤診してほしくない。

 

そして、実は、もう少し、

精神分裂病トシカいえんモンがあるのかもシレン。

だから、そのひとたちは、ものすごく苦戦中なのかもシレン。

そのくるしみに、めをむけるべきだそして、

クスリの大量投薬でブチまわされた後遺症とも、

減薬すすんで原疾患がでてきてクルシンでいることもまた、

麻薬並みの禁断症状にクルシンでいることも、

ナンダカよくワカラナイでクルシンでいることも、

ともかく苦戦してクルシンデいることに、もっともっと眼をむけるべきだ。

なんでもない反応性のひとたちが、

誤診誤処方されて精神分裂病も誤診なら

発達障害も誤診で

多剤多種大量投薬によってヤクチュウにされて、

その禁断症状でもがいているのだ

退薬症状でも減薬のブレでもないシビアーなコカインヘロイン並みの

ヤクチュウ患者の禁断症状のクルシミなのだ。

なんでもない反応性のひとたちが、

誤診誤処方されて精神分裂病も誤診なら、

発達障害も誤診で多剤多種大量投薬によってヤクチュウにされて、

その禁断症状でもがいているのだ。

禁断症状なのだ反応性ナントカ状態なだけだ。

なんでもないひとを、統合失調に誤診する。

発達を統合失調に誤診する。そしてヤクチュウにする。

こういう精神医共をぶち殺そう。

でも、なんでもない反応性のひとを発達に誤診するのも、

統合失調を、発達にあるいはナンダカヨクワカラナイことを

発達にシテシマウのも、誤診ではなかろうか。

発達を精神分裂病に誤診してしまうのも大誤診だ。

なんでもない反応性のせーねんを発達と誤診してしまうのも大誤診だ。

でも精神分裂病を発達と誤診してしまうことだってアルのかもシレン。

アルカモしれんのだぞ、それはそれは、もういっかい見直すべきだ。

でもとにかく、えばっちとしては、

なんでもないセーネンたちを反応性のひとたちを、

発達やアスペルを貼ってしもうて、

精神科や心理に不用意につなげてしもうて、

ナンゾあったときに交通事故でもやったときに、

強制医療にもっていかれてしもうたら、

とりかえしつかない・・・ことになるカモシレン、それがシンパイだ。

 

 

弐番 失敗と今後の展開

それともう一つ減薬のシッパイを、もっとおおきく、

とりあげるべきではないか。

くるしみをもがきを、地面に爪を立ててもがいているサマを。

うまくはいかなかったことを中心に、

もう一冊本を出すべきだツタのでは・・・・・

三冊目は、内海毒トルの羽化本になってしもうたが、

本来は、セカンドシッパイ編、ではなかったろうか・・・

しっぱいを、うまくはいかなかった減薬を、減薬のシッパイで、

グチヤグチャになってしもうたことも・・・・・

ドツボにはまっていくことも赤裸々に語るべきではなかったか。

発達とも統失とも、ナンダカよく分からないことも・・・

ドツボに、はまったことも本にすべきではなかったろうか

赤裸々あけすけに語るべきではナカロウカ。

それもゲンジツなんだから・・・・

 

一冊目が誤診誤処方編二冊目が、発達編

そして三冊目がシッパイ編であったのだ、

もしくは、うまくは、いかなかった編

なかなか、苦戦して、出口がみつからない編だったのだ。

それが、漢方編として内海の羽化本になってしまった、おしいことである。

今からでも「セカンドシッパイ減薬シッパイ編」を出せば、

真の意味に置いて精神医利用の精神科リヨウの

「革命」になっただろうにと、想う。

もしかするともしかすると、ここにこそ、真実がアッタカモシレナイ

「セカンドシッパイそのものに」

「減薬シッパイそのものに」

「うまくはいかなかったそのものに」

これがメインだったのだ、おそらくは、それは、

誤診誤処方よりも、重大なナニカだったのかもしれない。

そうシッパイにこそ真実がアルのでは・・・・・

 

どこに基準を置くのだ。

ヤクチュウの禁断症状にくるしみ抜いて、

うまくいかないなかまにかそれとも、

なんとか、禁断症状をのりきって、

減薬に成功し、うまくいきかけたなかまにか。

患者会の原則は一番ヤマイがおもいなかまに、

あわして、セーカツをくみたてるということなのだが。。。。

食事会の日程だって、レクのありかただって・・・

たとえば、山登りのペースは誰に合わせるのだ・・

だったら、クスリが抜けて、一般就労に成功したなかまにか・・・

それとも、入院退院繰り返してみんなの部屋で、

ダラダラノンビリしているなかまにか・・・

 

もがきぬいてくるしみぬいている途中と、シッパイは、

ちがう、チガウだろうけれども・・・・・だけれど、

手の施しようもないシッパイを認めるべきだ。

減薬途上で、命を失ったなら、それは、シッパイだ

これは、明確にシッパイもあり、ナンダカよくワカラナイこともあることも、

矛盾することも、グチャグチャなことも、アルことを認めるべきだ。

スッキリしたらあかん。

スッキリとした診断基準やセカンド基準や疾病分類や

スッキリとしたモノを疑え、

なぜなら、キーサンのセーカツはドロドログチャグチャヨレヨレボロボロしてて、スッキリとしたものでは、断じてないからだ・・・

スッキリすると足元掬われる。スッキリとはせず、

グチャグチャかドロドロなセーカツそのものから離れては、イカン。

ゲンジツをみてみろセカンドのゲンジツをキーサンのゲンジツを。

矛盾すること混乱すること、よくはワカラナイことを恐れるな

スッキリしすぎたモノを恐れよ。

 

シッパイとくるしさと、うまくはいかないこともあるとして、

いいことばかりではなく、うまくいかないこともあるのだ、

くるしいものなのだ、としてセカンドをやらなければ、

それは、詐欺だもしくは、インフォームドコンセントたらいうもんの、

ふそくになってしまうぞ、

いいことばかりを、全面に出し過ぎたいいことばかりしか言わなかったら、

リスクがあること、失敗もあること、

そして、くるしみもあることセカンド実践において、

これをまず、明らかにしてから取り組んでいかないと、

それは、詐欺になってしまうぞ。ハッキリすべきだ。

地面に爪を立ててもがいているサマを、退薬症状でも減薬のブレでもない、

薬剤性精神病などというキレイな言葉ではくくれない、

減薬すすんだから原疾患でてきているというような

キレイな言葉ではくくれない、薬中患者の禁断症状と闘ってイルのだ。

ナンダカヨクワカラナイガクルシイノダ。

モチロン退薬症状、減薬のブレ薬剤性精神病ということもアルだろう

原疾患出てきたということもアルだろう、

でも、それだけでは、このクルシミようが、

分かってはもらえないのだ。

減薬のシッパイでクルシンデいるのだ

というより他に言いようのない事態だってアルのだ。

シビアーなコカインヘロイン並みのヤクチュウ患者の

禁断症状のような、クルシミなのだ。

結果として減薬に取り組まなかったなかまより、

減薬に取り組んだなかまの方がクルシミが深く辛く、

老後がキビシイということが、あるのだ、、あるのだ、、、

だとしたら、それは、、、、

 

リスクがあるということ。

うまくはいかないということ。

余計辛くなるかもしれないといこともももももももも、もっ、

アルということを明らかにして、セカンド実践しなければ、

詐欺になってしまうぞ。

このまま・・・このままままままでは反面教師内海毒トルと、

横並びにナッテしまわないだろうか・・・足下を掬われないだろうか

それが、シンパイでアル

 

 

参番 今後の立脚点

結局当事者の人生を破壊阻害虐待してしまわないかどうかのここらで、

いっぺんみんなで、、

みなおすべき、良い機会ではナカロウカドウカドウカドウカ。

まぁもっとも、この現状ゲンジツでは、

まずはおおかたの腐った精神医のアホンダラどもに、

誤診誤処方を突きつけていくのが、

顔面に飛び蹴りともに、突きつけていくのが、

腹に蹴りこみとともに突きつけていくのが、

わき腹に蹴りこみ当て込んどいて突きつけていくのが、

まず先なのは分かるのだが・・・・・・・

しかも、腐った精神医を叩きのめしていかんと生き延びられんことなのだ・・・・それにしても、、、、、、

 

結局は患者の人生を第一に考えたら良いわけだ。

結局はワシラの人生を、破壊も阻害も虐待もしてほしくない、

ただ、それだけのことだ。

 

キーサン革命極意本伝九十七箇条これに戻るだけだ

本伝があっての真伝、そして、本伝と真伝あっての

外伝と別伝と併伝なのだコレは極意併伝だ。

各々にナニを書いてきたのか・・・・

本伝九十七箇条のナニが初伝で・・・・ナニが中伝で・・・・・

中伝極意にはナニが・・・・ナニが奥伝だったのか・・・・

その上で外伝にはナニが・・・・・・別伝にはナニが・・・・・

そして併伝にはナニが・・・・・

そして極意真伝とは、なんだったのか・・・・

最初に書いた「精神科セカンドオピニオンが出て想うこと」に

「青いサナギが羽化をして」にナニが書かれてあったのか・・・・・・

 

 

「笠陽一郎は如何にして鍛えられたのか」

「笠陽一郎の医療実践は

如何にして正当化され信頼性を増すのか」

「りゅうさんを育てたのは患者会である」

「精神医を育てられるのは患者会のみである」

「セカンド実践の真の凄みとは、

りゅうさんの診断をもセカンドされることである」

「被害を叫べるのは当事者だけである、もしかして反対も」

「究極的にはただただ、当事者患者が救援されればよい、

楽になれればよい」

「これ以上の精神医と看護士からの被害者を

ださないようにする」

「以上の実践活動においてジブン達自身が

羽化しないよう心がけねばならない」

「不幸にしてココから羽化した奴は

テッテー的に追い回し改心と後悔をさせてやる」

「当然だが、これまでの敵、には

見えやすいアクジのハンニンども、を、ぶち殺し、

見えにくいアクジのハンニンども、を、ぶち回し、

おとしまえをつけさせてもらう」

 

りゅうさんと、患者会との関係の真実を、腑に落ちて貰いたいのだ。

どろどろとドロドロと泥土吐露グチャグチャくちゃぐちゃに

なりながらも、

そこで、笠さんもふみとどまり、

ごかいのなかまたちもふみとどまったからだからこそ、

今のりゅうさんがあるのだ。

そのりゅうさんを中心軸としたセカンド実践があったからこそ、

現在も、そのセカンド実践こそをだいじにしているからこそ、

だからこそ、この早期介入の会があるのだ。

カンジャ会は、鍛えている医者に100点満点は出さない。

いつも良くて75点ワルクテ70点を出し続けてきたからこそ、

希有な精神医が鍛え上げられたのだ。

精神医の方もカンジャ会に、良くて80点ワルクテ75点を、

出し続けてきたからこそ、

自立し自尊し自衛し牙を研ぎ澄ますカンジャ会になったのだ。

患者会が自分の足で立つには、タイヘンなクロウがあるのだ。

希有な精神医が鍛えられるには、筆舌に尽くしがたいことがあるのだ。

そこをふにおちてほしいのだ、さもないと・・・・・・・・さもないと・・・・

 

ということは、カンジャ会と一緒にやらない精神医が、

踏みとどまることが出来なかった医療従事者が、

セカンドをやるなどということは、

ムリなのだ踏みとどまれなかった病者達は、

カンジャ会になれなかったのだキーサンにはなれなかったのだ。

踏みとどまれなかった医療従事者達は、けっきよくは、

見えにくいアクジになったのだ。ふにおちてもらえただろうか。

心配事と言えばふと気がついたらジブンたちが、

全家連やぜんせいれんや病者集団やプシ共闘と、

おなじようになってしまっては、いないかどうか、なのだ。

気を許したら、我々もアッというまに、

「見えにくいアクジ」化してしまうのではないか。

そんなにおそれと闘いながら、精神医療と福祉と闘ってだから、

そんな虞れを、

打ち消すのはセーカツそのものに立脚しているという

一点だけなのだが・・・

セーカツのゲンジツに立脚しているということだけ・・・なのだ。

セーカツに立脚しながら、ジブンたちのやっていることをいつも、

足元から、セーカツからセーカツ実感から、

きーさんのコトバで、

点検し直し、見直し、想い直し考え直し、洗い直し続けていかんと・・・・・・・

さもないと・・・・・・・・さもないと・・・・・・・・・

 

えばっちとしては、以上参番、言っておこうと、想う・・・・

流れに、またぞろ、掉さすかな・・・・・・・

 

二千十二年八月一日起稿のもの

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